すでに顕在化しつつある地球環境変化に対して、自然がどのように応答し、新たなる変化を引き起こすのか、その中で人類が持続的発展可能な環境をいかに構築していくかということは、21世紀の科学にとって最も重要な課題である。
地球環境問題は、陸圏、大気圏、水圏、それぞれ独立に研究が進められてきたが、各圏間には、密接な相互作用(リンケージ)が存在し、第2期IGBPでは、圏間の相互作用の解明に主眼が置かれている。本領域研究では、主に、生物が介在した大気圏、水圏の相互作用を対象とし、気候へのフィードバックを解明するために、人類活動要因も含めた大気変動に海洋生物がどう応答し、生成する気体を通して大気組成へ及ぼす影響を定量化することが目的である。
近年、南大洋や北太平洋において鉄が生物ポンプによる炭素隔離を促進することが鉄散布実験で確認されている。北太平洋中高緯度海域においては自然現象である黄砂による大気からの鉄供給量が、海洋の生物生産変動に大きく関与していると考えられる。
海域の生物生産が高まることにより、深海への炭素輸送が促進されるだけではなく、海洋生物による微量気体の生成が促進される。さらに大気中へ放出された気体が粒子化され、エアロゾルの増加を導き、洋上で負の放射強制力を強める可能性が示唆されている。IPCC第3次評価報告書にも「気候の将来予測における最大の不確実性」としてエアロゾルが関与している間接効果の重要性を指摘している。しかし地球表面の70%を覆う海洋大気での生物起源気体から生成されるエアロゾルの生成消滅過程の直接的な計測は、ほとんど行われていない。
一方、北太平洋においては、低気圧の通過や台風の発生と移動など気象現象による湧昇が生物生産を高めているという観測例が報告され始めた。亜熱帯海域では地球環境の変化が窒素固定を行うプランクトンの増加を引き起こし、懸濁粒子中の化学組成比を変えつつあるという長期観測の結果が示された。このことは地球温暖化に伴った海洋構造の変化が海洋生態系の変化とそれに連動する海洋大気への温室効果気体の放出を示唆している。
地球規模での人類活動による影響を受けつつある海洋大気と海洋環境の生物の介在した相互作用の解明だけではなく、これらの観測結果に基づく全球物質統合モデルの高度化と影響予測への道を急ぐ必要がある。
本領域では、以下の大気変動に伴う海洋生物の応答・変化、そして大気組成へのフィードバックのリンケージ解明を目的とする。
- 大気から海洋への物質供給過程
- 大気変動に伴う海洋表層での生物群集の応答
- 海洋から大気への生物起源気体の生成・放出過程
- 海洋大気での生物起源気体の動態
目的達成のため、「大気組成動態」(1, 4), 「気体交換変動」(3), 「海洋生態系動態」(2), これらの物質循環過程を統合する「統合モデリング」の4研究項目グループを設ける。本領域は大気化学、海洋化学、海洋生物学、海洋物理学、海洋気象学などの多岐にわたる分野の研究者が海洋大気境界層(海面から高度約2 kmまで)から境界面を通した海洋表層(有光層約200 m以浅)を研究対象域として絞り込み、共通した研究課題に船舶での共同観測、地上大気観測および衛星観測の手法を用いて取り組む。この総合研究プロジェクトは、従来の分野別の研究を越えた、大きな枠組みで行うことが可能な特定領域研究によらなければ実現不可能である。
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